満開の桜の木の下で・・・ ラポールデイサービスより

日本人の待ちに待った桜の季節がやってきました。
桜ほど、咲くことを心待ちにされ、散り行く時を惜しまれ、人々に愛される花はないのではないでしょうか。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている」
桜にまつわる小説で、こんな一節をよく目にします。少しずつ花をつけ、満開に咲き乱れ、ハラハラと散って行く様子を、人の人生になぞらえて、出てきた言葉ではないだろうかと勝手に思っています。

今の自分は、桜に例えると、どのあたりだろう。蕾すらついていないような気もする。やっとのことでついた蕾も、咲くことなく枯れているのではないだろうか。満開の花を咲かす為に、必死で生きているだろうか。

先日、私の大切な友がこの世を去りました。
彼女の病気のことを知ったのは、つい最近で、遠方にいたこともあり、とうとうお見舞いに行くことすらできぬまま、彼女は旅立ってしまいました。彼女とは中学の時からの同級生でしたが、高校を卒業してからは、一度も会っていません。それでも、時々、電話や手紙などで連絡をとっていました。中学時代からの親友は、何年ご無沙汰していても、時を越えて、中学の頃と変わらぬ気持ちで盛り上がることができるから不思議です。どんなに会っていなくても、この時期の友達は、私にとって偉大で、とても大切な友です。便りがないのは元気な証拠。ではないですが、ここ1,2年はこれといって連絡を取っていませんでした。そんな彼女の病気を知るきっかけは、本当に偶然でした。

「懐かしい人に連絡をしてみよ。いい知らせが聞けるかも」
新聞の占い欄に書いてありました。占いはさほど信じる方ではありませんが、その日はなぜかその占いが気になり、当分連絡をとっていない人にメールをしてみる気になりました。携帯を片手に誰にしようかなぁとアドレスを見ていると、ふと、彼女の名前が目にとまりました。
「久しぶりー、元気??」
こんな特に内容のない他愛もないメールを送りました。

彼女からの返事のメール。文章からは、彼女の性格の明るさがにじみ出ていました。なにも変わってはいない。あの当時の彼女です。文章って、声や口調と同じように、性格でるよなぁーと思いつつ、メールを読み進めるにつれて、彼女の明るい文体からは想像もできない言葉が出てきました。

「あたしね、癌になってしまって」

驚きで心臓が止まりそうになりました。
こんな告白の後にも彼女の軽く明るい文章は続きます。

「癌ということを引け目には思ってないから気を使わなくていいからね(^0^)」
これまた、彼女らしい言葉です。きっとこのメールの感じからすれば、早期発見で大事に至ってないのだろう。そう思いながらも、一体、どう返事をすればいいものか悩みました。とにかく普通に返事しよう。間違っても「頑張れ」とかいう無責任な言葉だけは書かないでおこう。そうだ、体調が良くなったら一緒に遊びに行く約束をしよう。なんとなくそんな感じの返事をしました。

その返事への返事のメール。
絶句でした。
彼女の状態はかなり悪く、何箇所へも転移しているとのこと。
抗がん剤の副作用がきついこと、放射線治療もしていること。
体中が痛むこと・・・・。
すべて、彼女らしく、明るい文体で書いてある。
それがまたつらい・・・。
それでも彼女は「ごめんね、ダークな話で」と私を心配してくれている。
そして、体調がよくなったら一緒に遊びに行こうって話しに「どっか行こうとか、やろうとか、そういうの、とっても励みになる。私にも未来があるんだって!」と彼女らしい言葉が書いてありました。また、その言葉の裏に、彼女の覚悟が見えて、複雑な気持ちになりました。

その後も何度かメールのやり取りをしました。かなり病状が悪いらしく、メールも体調の良い時に返してくれていたようです。電話をすることもできぬままでした。それでも彼女は「生きる」ということにがむしゃらで、病気と本当に戦っていました。今の治療が終わったら、今度はあそこの良い先生のとこに行くんだとか、テレビでこれがいい!っていうのを見ると、テレビ局に電話をして問い合わせてみたり。彼女は最後の最後まで、病気と闘って、戦って、戦いぬきました。そして精一杯、力一杯、命の花を満開に咲かせていました。

彼女は病気との戦いに負けたんじゃない。
彼女は彼女自身の花を満開に咲かせ、そして散って行ったんだと思います。蕾すらつけられない私には、到底できることではありません。ただ、もっともっと、満開の時期が後だったら、もっともっと長い間、彼女の満開の花を見ることができたなら・・・そんな自分勝手なことを思っています。

「ポツポツと花ほころびし春の日に 君ひとり満開の花散らす」

彼女を思いヘタな歌を作ってみました。この歌に私の短歌の師匠である友人が、こんな歌を返してくれました。

「今上の花は散るとも心をば 翼得たりて風に放てる」

痛みからも、辛さからも、解放され、きっと彼女は今、いつもの笑顔で風とともに飛び跳ねていることでしょう。

桜の木の下に本当に屍体が埋まっているのなら・・・・。
そのしかばねの満開に生き抜いた人生を、桜に託し、花ほころぶその日を心待ちにしている誰かに、年に一度会いにきているのかもしれない。

桜が咲くたびに、私は彼女のことを思い出すのかな。

新聞の占い欄。
「懐かしい人にメールをするといい話が聞けるかも」
ぜんぜんいい話は聞けなかったけど・・・。

きっと本人から、わざわざ「私、病気です」ってメールは送りにくかったんだと思います。
このタイミングで、私がメールするなんて。
懐かしい友達、ほかにもいたのに、わざわざ彼女を選んでメールするなんて。
虫の知らせだったのかな。

text by K.S

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